
「湯野上温泉」という温泉地をご存じでしょうか。
ここは古くから湯治場として親しまれてきた癒しの地で、実は私にとってのふるさとでもあります。今回は、そんな思い入れ深い温泉地にある老舗の名旅館・藤龍館(とうりゅうかん)をご紹介します。
私は福島生まれ福島育ちの宿娘・アオイです。
「私の大好きな福島そして旅館文化を、もっと多くの人に知ってもらいたい」そんな思いから、この記事を書き始めました。
【プロローグ】有名観光地に負けない「旅館滞在」の良さ
「福島県」と聞いて、すぐに旅のイメージが浮かぶ方は多くないかもしれません。日本旅行といえば、東京・浅草でもんじゃを食べて人力車に乗ったり、京都・東山で竹林を歩いたり、そんな“定番コース”が頭に浮かびますよね。(実際、福島県の中学・高校の修学旅行の相場はこのルートで、私も学生時代に訪れました)
しかし今回おすすめしたいのは、そうした有名観光地に負けない日本文化を深く味わえる「旅館滞在」というものです。
旅館滞在といえば、温泉に浸かって心身を整えたり、細やかなおもてなしに触れたりなど、思い浮かぶ魅力はいくつもあります。その中でも、“和を体感する最大の楽しみ’’として注目していただきたいのは「食」です。
意外と知られていませんが、私の地元・福島県会津地方には、歴史と文化に根ざした豊かな食の魅力が溢れています。

そんな食文化を持つ会津に、料理に趣向を凝らした知る人ぞ知る料理旅館・藤龍館があります。
ご主人・星永重さんの営むこの旅館では、
‘’’会津の食材を使いながらも、しっかりと日本料理を出すという、食の奥行きを出せる役割を果たしていきたい’’
という思いを大切に、地元の新鮮な食材や独自の調味料を活かしつつ、日本料理としての奥行きを追求し続けています。
ご主人や女将さんの揺るぎない地域愛、135年の歴史が育んだ伝統とおもてなし。
そのすべてを体感できるのが、この宿の魅力です。
今回は、そんな藤龍館での特別な体験記をお届けします。
【チェックイン】日本旅館が誇るおもてなし
チェックインの15:00に合わせてこの日の宿泊先・藤龍館へ。
扉を開けると、笑顔の素敵な女将・ひとみさんが迎えてくださいました。
「いらっしゃいませ。お疲れ様でございました。」
玄関先で正座をしての丁寧なお出迎えに、来訪を歓迎してくださったことへの“嬉しさ”を率直に感じました。
正座でのお迎えは、現代ではあまり見られなくなった日本旅館ならではの礼儀作法。
“あなたを敬い、心からお迎えします”という気持ちが伝わるこの日本独自のおもてなしは、現代ではなかなか出会えない光景です。時代が移り変わっても、「いいな」と感じる心は普遍的であることを実感します。

ウェルカムドリンクとして出されたのは、藤龍館名物のきな粉餅『もちつきうさぎ』、
そしてお椀から手にやんわりと熱が伝うお抹茶。
女将さんに伺ってみると、お抹茶を点ててくださったのは裏千家の師範でもある大女将さんなんだそう。実は茶室もあり、本格的な師範が入れるお抹茶を体験ができるというのも驚きのポイントです。
コンビニなどにある抹茶ドリンクは、砂糖やミルクが中心で「抹茶風味」を楽しむものです。一方、茶道で使われる抹茶は、特別に育てた茶葉を石臼(古くから使われる、抹茶の品質を守るための道具)で挽いた純粋な抹茶。自然の甘みや香り、ほんのりとした苦みまで味わえます。同じ「抹茶」でも、その中身と体験はまったく違うのです。
そしてなんといっても、もちもちとしたきな粉のお菓子の優しい甘さと相性が抜群。甘党かつ抹茶フェチの私にとっては来訪早々なんとも幸せな時間でした。

さらに嬉しいのは、女性は無料で色鮮やかな浴衣から好きな柄を選べること。
好みの浴衣を着用して館内を歩くだけで、気分がぐっと高まりますよね。滞在そのものが華やぐように感じ、旅館滞在の中で「浴衣を着て過ごす時間」が私もすごく好きです。
【館内】老舗とは思えない快適さ
長い歴史があると、「古さゆえに不便では?」と心配される方もいるかもしれません。ですが藤龍館は、全12室とは思えないほどゆったりとした造りで、館内は広々。エレベーターも完備され、隅々まで掃除が行き届いているため快適に過ごすことができます。

公式HP:館内施設 | 会津湯野上温泉 花鳥華やか風月の宿 【藤龍館】
玄関とロビーは1階にあり、中庭を回り込むように進むと、エレベーターで地下3階へと降りられる造りになっています。ちょっとした探検気分を味わえる、ユニークな館内動線も魅力です。
女将・ひとみさんの接客の哲学

館内を案内していただいている途中、ひとみさんと交わした会話で特に心に残っているシーンがあります。ひとみさん流の接客の哲学だなと思ったので、ここに記しておこうと思います。
あおい:
「まだ来て少ししか経っていないんですけど、おもてなしも含めてすごく居心地が良くて。ひとみさんは普段、お客様と接するときにどんなことを大切にされているんですか?」
ひとみさん:
「そうですね。どういう背景でうちを選んでくれたのか、どんなふうに時間を過ごしたくて来てくれたのか、それをいつも想像するようにしていますね。
例えば、赤ちゃんと一緒に温泉をゆっくり楽しみたいのかな、とか。お仕事や子育てでなかなか味わえない非日常を求めて来てくれているのかな、とか。
そうやって想像して、その方に合ったちょっと特別な時間を提供できたらいいなって思っているんですよ。」
あおい:
「素敵ですね。そういった接客を心がけている理由はありますか?」
ひとみさん:
「旅行に来る時点で、みなさん非日常とかハレの日を求めていると思うんです。その気持ちにせめてひとつでも寄り添えたら、きっと特別な時間になるはず。だから私は、そこを大切にしているんです。」
単にその場で丁寧に接するだけでなく、その人の旅の時間全体を思い描いて寄り添おうとするひとみさん。誰よりもお客様を想う女将さんの姿勢が、滞在中に感じる心地よさの源なのかもしれないなと思いました。
【客室】受け継がれる内湯文化
藤龍館では、全12室すべてに“内湯風呂”が備わっています。
大浴場に抵抗がある方や、タトゥーを気にせず温泉を楽しみたい方にとって、客室でゆったりと入れるのは大きな魅力ですよね。しかも、源泉かけ流しのお湯が贅沢に注がれています。
実は、“源泉かけ流しの内湯”を全客室に備える宿は、全国的にもごくわずか。その背景には深い理由があります。私自身も温泉宿で育ったので、客室にお風呂を設け続ける大変さや、源泉をそのまま提供し続ける尊さを強く感じます。
藤龍館の永重さんは、こう語ってくださいました。
「先代・先々代が温泉を引き入れるために惜しみなく注いだ努力は計り知れない。だからこそ私たちは、これまで受け継がれてきた“内湯文化”を今でも守り続ける必要があるんです。」
この想いを知ってから浸かる内湯風呂での時間は、ただの入浴ではなく、この湯野上温泉という地域の文化を味わう一つの体験のように感じました。

さらに、特別室「藤月」と「龍月」には、渓谷を望む贅沢な客室専用露天風呂が備わっています。
お湯に浸かれば、目の前に広がるのは日本の四季に彩られた渓谷美。プライベートな空間で自然と温泉を独り占めする至福のひとときは、特別室の名にふさわしい贅沢な時間です。

客室全体は、会津建築の趣を活かした優美な造りで、まるで一棟貸しの離れに滞在しているかのような特別感に包まれます。
玄関先にはふわりと香る茶香炉、机の上には折り紙や将棋といった日本の遊び心あふれる仕掛けが。細部にまで心を宿したおもてなしは、藤龍館ならではの品格とまごころを物語っているようでした。
【大浴場】客室とは異なる趣
大浴場:朧月(おぼろづき)・満月(まんげつ)
大浴場ご婦人用 朧月

大浴場殿方用 満月

お風呂は、大浴場・貸切露天風呂・客室風呂(内湯・外湯)の3種類を楽しむことができます。湯野上温泉のお湯は、癖が全くない弱アルカリ性でほぼ中性に近い泉質が特徴。
湯野上温泉のお湯は、入れば肌がツルツルになる”美人の湯”。長年このお湯に入り続けていた私も、今だに友人に肌の綺麗さを褒められることが多いです。
貸切露天風呂:繊月(せんげつ)・三日月(みかづき)

予約不要で貸切利用できる貸切露天風呂も2つ完備されています。
いずれも、渓谷の自然を望む開放的な湯船が特徴です。料金は宿泊料金に含まれているため追加料金なしで利用できるのも嬉しいポイントですね。

お風呂上がりは、緑を眺めながら過ごせる休憩スペース「待合処 登月(のぼりづき)」で過ごすのがおすすめ。この待合スペースでは、南会津の美味しい水を飲みながらゆったりとしたひとときを感じることができます。

その後、休憩スペース前の新緑が美しい庭を散策しました。お風呂上がりのほてった身体に、庭園の清々しい空気がとても心地がよかったです。
【個室で夕食】会津食材を活用した感動の食体験
まず最初にお伝えしたいのは、これは単なる食事ではなく、“食の体験”だということ。ひとつひとつのメニューが斬新でかつ文化的要素があり、今でも鮮明に思い出せるほど深く心に残っています。
あの感動を、できるだけ私の言葉で伝えられるように。
そんな願いを込めながら、この体験を綴っていきたいと思います。
地域の食と文化への敬意

地元・会津若松の酒蔵「宮泉銘醸」が手がける純米吟醸酒「寫樂(しゃらく)」で乾杯。会津の水と米で醸された地酒による“乾杯条例”は、地域の食と文化への敬意を込められた藤龍館ならではのおもてなしのひとつです。
お椀の蓋に水滴がついているのに気づき、女将さんに尋ねると、
「これは、“誰も触っておらず毒が盛られていない”という意味なんです」と教えてくださいました。
意外な答えに驚くと同時に、そこに込められた日本人の細やかな心配りに感動しました。
日本の文化は“心の文化”。ほんの小さな仕草の中に、古来から受け継がれてきた知恵や思いやりが息づいています。
驚きの絶品料理三選
藤龍館では、四季折々に趣向を凝らした料理を提供しています。今回いただいたのは、涼やかな風を感じる「夏の日の献立」。その中でも、特に心に残った“驚きと感動の絶品料理”を三品、ご紹介します。
一品目:座付「清流豆腐 潤菜 雲船」

夏の大川清流を表現した、座付「清流豆腐 潤菜 雲船」
お料理を覆うのは、さらりと白い質感が美しい“梶の葉”。かつて七夕の短冊にも使われたこの葉をそっと持ち上げると、涼やかな「清流豆腐」が姿を現します。
抹茶を練り込んだ胡麻豆腐の上にあしらわれているのは、サイマキ(車海老の一種)、濃厚なウニ、そして爽やかなマスカット。海と大地の恵みが織りなす絶妙なマリアージュは、口に含んだ瞬間に至福をもたらします。さらに、ジュレのように冷えたお出汁には潤菜が浮かび、器の底には氷が敷き詰められているため、最後のひと口まで清涼感が続きます。まさに“食べる清流”ともいえる一皿です。
二品目:向付「真子鰈 鰹昆布〆」

二品目は、4つの表情が楽しめる夏の涼味、向付「真子鰈 鰹昆布〆」
テーブルに並ぶのは、目にも涼やかな4つの小皿です。青い器に盛られた下郷産ニジマスのライム和えを、まずはそのままで。次に有明産海苔を出汁醤油で和えた“しめしのり”を追加すると、ため息が漏れるような新しい味わいが広がります。
透明なガラス皿にはマコガレイのサラダ仕立て。ポン酢ジュレやもみじおろし、すだちをお好みで混ぜ合わせていただきます。
ここで女将さんおすすめの食べ方をご紹介。
パリパリに素揚げした昆布とごぼうをサラダにかけると、香りと食感がアクセントになり一層贅沢に。さらに、4つの小鉢を全部ミックスして食べるのも一興。それぞれの味が響き合い、丁寧な味付けに感嘆すること間違いなしです。
三品目:温物「福島牛しゃぶしゃぶ」

そして三品目は、いよいよメインディッシュの「A5ランク福島牛の贅沢しゃぶしゃぶ」です。
まずは女将さんが直々に、お手本を披露してくださいました。お肉をお出汁にくぐらせるのは、わずか10〜15秒ほど。絶妙な火入れで、脂がほんのりとろけます。
香りづけには「煮山椒」を。
一口目は、ぜひ煮山椒だけをのせてシンプルに味わってください。やわらかく上品な旨みがじんわり広がり、思わず目を閉じたくなるほど贅沢な余韻に包まれます。
藤龍館での夕食を通して
料亭のような本格的な調理法で仕上げられた地元食材のお料理は、地元・福島に生まれ育ったことへの誇りを思い出させてくれました。
福島の食材はもちろん安全性が国から保障されていますが、震災のイメージをまだ持っている方も少なくないと思います。だからこそ、このスタイルを貫く藤龍館のお料理には、地元である会津そして福島という地域の価値をもっと多くの人に知ってもらいたい、そんな強い想いが込められているように感じました。
そして何より印象的だったのは、女将さんをはじめスタッフの方々の心尽くし。お料理の一皿一皿をより一層引き立てていて、食事の始まりから終わりまでずっと特別な時間を過ごすことができました。
【朝食】昨夜の余韻を感じながら
翌朝8時、昨晩の夢のような夕食の余韻がまだ残るまま、朝食の席へ。
最初に運ばれてきたのは、湯気の立つ温かいお茶と、グレープフルーツを丸ごと使ったお腹に優しい一品。柑橘の爽やかな香りが、眠気をやさしく覚まし、朝の身体にすっと染み渡ります。

彩り豊かな「八角重箱」
続いて出されたのは、艶やかな黒塗りの八角重箱。三段重ねの箱をそっと開けるたびに、目にも舌にも嬉しい驚きが広がりました。今回はその中でも驚いた一段目・二段目を詳しくご紹介します。
一段目:香ばしい焼き物の宝箱

重箱の最上段は、香り豊かな焼き物の段。中心にあるのは、銀鱈の西京焼きです。
10日間も味噌にじっくりと漬け込まれた身には味がしっかりと染みわたり、甘みのある芳醇な香りが口いっぱいに広がります。その手前に並ぶのは、納豆磯辺。ちょっと珍しい組み合わせですが、磯の香りと納豆のねっとり感が絶妙にマッチし、朝から贅沢なひと品です。
目を引くのが、弱火でじっくり火入れされた長芋の焼き物。ほくほくとした食感と、引き出された自然な甘みを楽しむことができ、箸が止まらなくなります。
隣にそっと添えられた大豆と昆布の炒り煮は、出汁の旨味がじんわり染み込み、焼き物たちの味わいを引き立てる存在です。
二段目:旬と工夫が詰まった小鉢の世界

二段目には、さまざまな旬の味覚が美しく並び、まるで小さな和の庭園のよう。
滋賀県名産の赤蒟蒻は、インゲンと高野豆腐とともに炊き合わせに。ふっくらと煮含められた豆腐と、もちもち食感の蒟蒻の対比が楽しいひと品です。
左端には、繊細な酸味が光る蒸しイカの土佐酢ジュレがけ。ひんやりとしたジュレがイカの甘みを引き立て、暑い季節にぴったりの爽やかな味わい。その隣には、旨味がぎゅっと詰まった漬けマグロ。とろりと濃厚なマグロの下には、なんとアボカドのタルタルソースが隠れていて、洋風のアクセントが楽しいサプライズ。
小さな青い壺に入ったウドのきんぴらは、シャキシャキとした食感とほのかな苦み、そしてピリ辛の味付けが朝の目覚めに心地よい刺激を与えてくれます。
【会津土産選び】赤べこ・会津木綿・漆器箸

チェックアウトの時間まで、お土産選び。お土産処で福島県会津の郷土玩具「赤べこ」を見つけて、さっそく友人に紹介しました。会津地方の方言で“べこ”は牛を意味します。赤い牛を模した張り子人形の首がゆらゆら揺れる姿がかわいらしく、旅の思い出にぴったり。
その他には、会津木綿の小物、若手職人「めしもりやま工房」の漆器箸、温泉水で作られたオリジナル石鹸「藤の香」、朝食の卵かけご飯でいただいた絶品調味料「トリュフ醤油」などなど、お土産にピッタリの品がたくさんありました。

藤龍館特製の銘菓「もちつきうさぎ」の購入も可能です。きな粉と白餡の優しい甘さが評判で、人気No.1だそう。ウェルカムドリンクとともにいただいた際にファンになってしまった私もお土産に購入しました。
【まとめ】旅館滞在でしか味わえない体験がある

今では「宿泊」そのものを目的とするホテルや一棟貸しの施設も増えています。
しかし、旅館や民宿のように、一日の滞在全体を通してお客様に寄り添う場所は、まだ十分に知られていないように思います。
利便性やアクセス面では都会の宿泊施設に及ばずとも、地方の旅館には代々受け継がれてきた時間と想いが息づいています。その厚みや温かさは、「宿泊」という言葉だけでは表しきれません。だからこそ、ただ寝泊まりするのではなく、”旅館滞在”そのものを体感して楽しんでほしい。それが、旅館の娘として生まれ育った私の願いです。
藤龍館は、会津に誇り高く佇む老舗の料理旅館。
ここで過ごす時間が、きっと皆さんの旅の記憶を特別なものにしてくれるはずです。
基本情報
スポット名:藤龍館
住所:〒969-5206 福島県南会津郡下郷町湯野上舘本乙1338
https://maps.app.goo.gl/97WGSvUfHtngvKVcA
アクセス方法:
・電車:
①JR「新白河駅」から「無料送迎車バス」で約1時間(前日まで要予約)
②浅草➡︎特急「リバティ会津」で「会津田島駅」➡︎会津鉄道「湯野上温泉駅」より徒歩10分
・車:
①「白河IC」➡︎国道「289号 甲子道路」
※県道「37号 羽鳥湖線」はカーブが多いためおすすめしません。
②JR「福島駅」から車で約2時間
③東北自動車道「郡山IC」から車で約1時間
「藤龍館」の予約はこちら:https://www.ryokan-book.com/jp/ryokan/toryukan/


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