福島県

「お座トロ列車」から「にしきや」へ——南会津で見つける日本らしい旅

新幹線に乗って東京や大阪へ行き、ホテルに泊まる。
そんな効率的で快適な旅ももちろん悪くはない。短時間で目的地にたどり着き、整った部屋で休むことができるのは、現代の日本を象徴する“スマートな旅”のスタイルだろう。

けれど一方で、旅には「時間をかけるからこそ得られる特別さ」がある。
ただの「移動」と「宿泊」が、風景や人の温もりに彩られて、記憶に残る体験に変わる瞬間があるのだ。

窓から流れる田舎の風景に目をやり、列車のリズムに身をゆだねる。
そして降り立った先で待っているのは、畳の香りが迎えてくれる日本式の宿——旅館
便利さの中ではなかなか味わえない、“日本らしい旅”がここにはある。

福島・南会津は、まさにそんな体験ができる土地だ。
今回私が選んだのは、「お座トロ列車」から「にしきや」へと続く旅路。

車窓の景色から一杯の料理に至るまで、ひとつひとつの時間が特別で、心に残るものとなった。

▷「お座トロ列車」の詳細はこちら

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筆者プロフィール

世界のケン (Kensuke Matsuyama)ー
ポーランドに移住した経験をきっかけにSNS「Ken / Solo Japanese Style」を立ち上げ、ポーランドと日本をつなぐコンテンツを発信。現在は日本文化や日本人の暮らしにフォーカスした動画を展開し、総フォロワー数は100万人。さらに日本各地の旅館や隠れたスポットを紹介する「Japan of Japan」(YouTube登録者数6万人以上)を運営する。都市部だけではない「本物の日本の良さ」を日本人の視点で世界に伝える。

車窓の向こうに広がる南会津の景色

そもそも「Ozatoro(お座トロ)」とは何か。
これはただの文字の羅列ではない。ジブリ映画“Totoro”のように響きが可愛いだけの言葉とも違う。

「Oza」は“お座敷”を意味する。畳が敷かれ、靴を脱いで座布団に腰を下ろす、日本ならではのリラックス空間だ。
「Toro」は“トロッコ”のこと。窓がなく、風が吹き抜ける開放的な車両で、自然の音や香りをダイレクトに感じられる。

そう、日本人はBrad Pittを「ブラピ」、Cristiano Ronaldoを「クリロナ」と略すように言葉を短縮するのが大好きなのだ。それと同じシステムだ。



まぁそれはともかく、
この「お座トロ列車」は、会津若松駅を出発し、七日町駅、湯野上温泉、塔のへつり駅などを経由しながら、最終的に会津田島駅へと走る。全長約1時間半の道のりは、ただの移動ではなく“旅そのもの”を感じられる特別な時間だ。

ではここで、お座トロ列車の特に良かったところを3つ紹介しよう。

①個性豊かな座席

車内には「お座敷席」「トロッコ席」「展望席」と、三つの特徴的な座席がある。
まず「お座敷席」。掘りごたつ式のテーブルに座布団が並び、靴を脱いで腰を下ろせば、どこか日本の家庭に招かれたような安心感に包まれる。売店で買った地元のお菓子や日本酒を広げれば、小さな宴会のようなひとときに。窓の外に広がる田園や集落を眺めながら、“暮らしの中の日本”に溶け込むような時間を味わえる。外国から訪れる人にとっては、この和の空間こそ特別な文化体験になるだろう。

一方「トロッコ席」は、まったくの別世界だ。窓ガラスがなく、風や川の音、草木の香りがそのまま飛び込んでくる。体ごと自然に投げ出されたような感覚に、冒険心がくすぐられる。春や夏は涼しい川風が心地よく、秋には目の前に迫る紅葉、冬には頬を刺す冷たい空気。四季折々に変化する自然をダイレクトに味わえる。もし「お座敷席」が日本のくつろぎだとすれば、「トロッコ席」はまさに解放感そのものだ。


②絶景スポットでの停車

このお座トロ列車、絶景として名高いビュースポットが3カ所あり、景色を最大限に楽しむようにと、鉄橋上に停車する。そのひとつが「深沢橋梁」だ。
列車が橋に差しかかると一時停車し、乗客にじっくりと景色を楽しませてくれる。眼下には大川の清流がきらめき、両脇には切り立った渓谷が迫る。川面に反射する光、谷を渡る風、木々のざわめきが一体となり、まるで大自然に包まれているような感覚になる。そのタイミングで車掌さんの解説も流れ、土地の歴史や人々の暮らしに思いを馳せる。この静寂と迫力が同居する景色は、列車旅の魅力を一層引き立ててくれる。

さらに暗いトンネルに入った瞬間、壁をスクリーンにした映画上映が始まる。闇の中で突然浮かび上がる映像は、童心に帰るような不思議な体験だった。

③郵便ポストに旅の思いを託す

さらに、この列車には郵便ポストまで備え付けられている。
オリジナルのはがきを買い、その場で旅の思いをしたためて投函することができる。

会津の澄んだ空気の中で書く文字は、自然と温かみを帯びる気がした。
普段なら照れくさくてなかなか伝えられないことも、この場所では素直に筆が走る。
私も普段あまり会話をしない父に、思い切って一通送ってみた。(この記事の執筆中にお礼のLINEが届いた)

まるでジブリの世界に迷い込みながら、自分自身とも向き合える体験だった。
冬の豪雪に包まれた景色も、きっと圧巻だろう。次は雪の季節にも訪れてみたい。

降り立った瞬間広がる、日本の原風景

列車に揺られることおよそ1時間。
私が降り立ったのは「湯野上温泉駅」だった。

ここは日本で唯一、茅葺屋根の駅舎を持つ駅だ。
昔ながらの農家のような佇まいに、足湯や囲炉裏が備わっていて、駅舎そのものが小さな観光スポットになっている。

日常の喧騒とは切り離されたような穏やかな雰囲気に、心がすっと落ち着ちつくことだろう。 

会津の伝統を丸ごと味わう旅館「にしきや」

黒塗りの外観と和の空間に包まれる

湯野上温泉街の中にある「にしきや」は、黒塗りの重厚な外観がひときわ目を引く宿だ。
石垣の小道を進むと、盆栽が並び、鯉がゆったりと泳ぐ池が出迎えてくれる。
まるで日本の美意識を凝縮したかのような庭は、到着した瞬間から旅の期待感を一気に高めてくれる。

館内へ入ると、太い梁が印象的な畳の和室が広がる。
障子越しに差し込む柔らかな光が部屋を包み込み、凝り固まっていた心や体が自然と解きほぐされていくようだった。

海外から訪れる方には、ぜひこの和室に布団を敷いて眠るという「日本ならではの宿泊体験」を味わってほしい。畳の香りと布団の柔らかさに包まれて眠る夜は、ホテルのベッドとはまったく違った思い出になるだろう。もちろん、ベッドタイプの部屋もきちんと用意されているので、和室に慣れていない方でも安心して宿泊できる。


テーブルの上には、会津名物のくるみようかんと、数種類から選べるお茶セットがさりげなく置かれている。英語表記も添えられていて、外国人の旅行者でも迷うことなく楽しめる心配りがうれしい。

自然と一体化する温泉時間

にしきやの温泉は、檜風呂の天然温泉。
木の香りが漂う湯船に身を沈めると、外から透き通るような風がそっと入り込み、鳥のさえずりや虫の声が自然のBGMとなって響く。まさに「自然と一体化する」お風呂時間だ。

さらにうれしいのは、時間制で貸切利用ができること。公共のお風呂が苦手な人や、家族やカップルでゆっくり過ごしたい人にもぴったりだ。湯に浸かりながら、窓越しに移り変わる自然を眺める贅沢は、ここならではの体験だろう。

アメニティには、世界的に人気のスキンケアブランド「Aesop(イソップ)」が用意されている。こうした細やかな気配りは、旅の印象をさらに格上げしてくれるポイントだ。

会津の伝統を一度に味わう料理

そして「にしきや」で最も心待ちにしてほしいのがお料理である。
夕食には、会津の伝統と季節の恵みがぎっしり詰まっていた。

馬刺し

馬刺しとは、生の馬肉を薄く切り、薬味や醤油と一緒にいただく料理だ。日本各地で提供されるが、会津の馬刺しは格別。脂が少なく驚くほどあっさりしているのに、噛むごとに赤身の旨味がじわっと広がる。何より、臭みがまったくないのが特徴だ。日本人にとっても特別なごちそうだが、外国人にとっては「馬の生肉を食べる」という文化体験そのものが新鮮だろう。この一皿を口にすれば、馬肉がいかに上品で繊細な味わいを持つかを知ることになる。

こづゆ

何よりも感動したのが、この「こづゆ」だ。
干し貝柱から取った澄んだ出汁に、豆麩や人参、里芋などの野菜を加えた汁物で、会津の家庭では正月や祝い事など“ハレの日”に必ず食卓に並ぶ伝統料理である。澄んだ出汁の香りはやさしく、ひと口すするだけで体の芯まで温めてくれる。実は私はいろんな場所でこづゆを味わってきたが、「にしきや」のこづゆは別格だった。出汁の深みが際立ち、具材のバランスも絶妙。透明感のある味わいながら力強さがあり、何杯でも食べたくなる。正直、この料理だけでも訪れる価値があると思う。

しんごろう

会津を代表する素朴な郷土食。炊いた米を団子状にして串に刺し、特製の味噌を塗って炭火でじっくり焼き上げる。味噌の香ばしい香りが広がり、外は香ばしく、中はもちもち。甘辛い味噌と米の相性は抜群で、一口ごとに田舎の暮らしの温もりを感じられる。にしきやのしんごろうは丁寧に作られた“家庭の味”を思い出させてくれる。

福島牛・鮎の塩焼き

メイン料理は、贅沢に福島牛のステーキと鮎の塩焼き。
福島牛は全国的に評価の高いブランド牛で、脂はしっかりとのっているのに驚くほどしつこさがなく、肉の旨味が濃厚。口の中でとろけるように広がりながらも、最後はすっと軽やかに消えていく。
一方の鮎は、清流で育ったものならではの香り高さ。川魚特有の澄んだ風味と塩加減が絶妙で、頭から丸ごと食べられるほど身が引き締まっている。夏から秋にかけて旬を迎える鮎は、まさに季節を味わう一皿だった。

もちろん、ここでは書ききれないほどの品々が提供される。
料理は赤い漆器で統一されており、食卓全体が華やかに見える。ひと口ごとに会津のまごころが込められているのが伝わり、食べ進めるたびに自然と笑みがこぼれるのを感じた。

朝食もまた感動的だった。
土鍋で炊き上げられたご飯は、一粒一粒が立ち上がるようにふっくらしており、その香りだけで食欲をそそる。ご飯のお供には色鮮やかな小鉢がずらりと並び、見た目はまるでアートのよう。漬物や煮物、魚の一品までバランスよく揃っていて、思わず何杯もおかわりしてしまった。


食後には、温かいコーヒーを片手にゆったりとした時間を過ごすこともできる。五感のすべてで「日本の朝」を感じられる瞬間だった。

まとめ

旅館は、ホテルよりも高いと感じるかもしれない。
でも、そこで体験できるのは値段以上の価値だ。
湯、料理、空間、人の心。すべてが揃って、初めて旅館になる。

にしきやで過ごした時間は、私にとって「日本を全身で味わう」体験だった。
そして、その価値を知ってしまったら、もう普通のホテルには戻れない。

滞在中、偶然出会った外国人旅行者の姿が印象に残っている。
彼らはまだあまり知られていない本物の日本にたどり着いた幸運な人たちだろう。
会津は日本人にとっても誇りの土地だが、海外の人にとってはまさに秘境だ。

だからこそ、あなたにもぜひ体験してほしい。
福島・会津、そして「お座トロ列車」と旅館「にしきや」。
ここは、きっと後悔しない——心に残る旅になるはずだ。

「にしきや」のご予約はこちら:https://www.ryokan-book.com/jp/area/aizu/ryokan/nishikiya-jp/

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ABOUT ME
MatsuyamaKensuke
世界のケン(Kensuke Matsuyama) ポーランドへの移住をきっかけに、SNSアカウント「Ken / Solo Japanese Style」を立ち上げ、ポーランドと日本をつなぐグローバルコンテンツを発信。 現在は「日本文化」や「日本人の暮らし」をテーマにしたショート動画を中心に展開し、国内外で総フォロワー数100万人超を誇る。 また、日本各地の旅館や隠れた名所を紹介するメディアプロジェクト 「Japan of Japan」(YouTube登録者数10万人以上)を運営。 都市部だけでなく、地方や伝統に根ざした“本物の日本の魅力”を 日本人クリエイターとしての視点から世界へ発信している。